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書家の江口草玄の書「たったひとり」の額装
サイズ:
横 41cm
縦 52cm
厚み3cm
木製額縁、ガラス表面、リトグラフですが、肉筆サインと朱肉印
江口草玄
没年月日:2018/11/16
分野:書, 書家 (書)
読み:えぐちそうげん
1919(大正8)年12月21日、新潟県刈羽郡西中通村(現、柏崎市)に生まれる。戦前より書作を始め、雑誌『南海書聖』『健筆』『書道藝術』等の競書に作品を提出。
1940(昭和15)年に応召して中国へ赴くも銃創を負い内地送還され、陸軍病院で転地療養する中で再び書作に戻る。
戦後、48年に創刊した研精会(上田桑鳩会長、森田子龍主幹)の『書の美』の競書に出品、桑鳩の美術的造形性にまで広がる視野に覚醒し、期待の新人の一人として見られるようになる。その一方で鈴木鳴鐸の『碧樹』(1946年創刊、翌年『蒼穹』に改題)も購読し、鳴鐸の批判精神に共鳴する。
53年京都へ転居。墨人会では長谷川三郎やイサム・ノグチ、京都大学の美学者井島勉、哲学・仏教学者久松真一、また津高和一や吉原治良等関西の美術家達との交流の中で、旧態的書から離れて先鋭化し、毛筆の代わりに鏝を使い、直接練り墨を手で掴み書く等の実験的制作により、毛筆と文字の拘束からの離脱を試みるも、55年にベルギーの画家ピエール・アレシンスキーによる映画「日本の書」撮影の際、書の骨格は文字を書くことでしか表せないのを自覚し、文字による作品制作に回帰していく。
65年、初個展を京都市美術館で開催。
76年、会創立の趣旨が失われたとして墨人会を脱退。以降、個展やグループ展等で作品を発表し続ける。
78年作品集『草玄ことば書き』を刊行。
83~84年頃に江戸時代の俳人慶紀逸の『俳諧武玉川』に魅せられ、その句を使って作品を作り出すようになる。
1996(平成8)年には新潟県立近代美術館で「戦後の書・その一変相 江口草玄」展、また亡くなる直前の2018年5月26日~7月1日にも同館で「白寿 江口草玄のすべて」展が開催されている。
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| 商品の状態 | 目立った傷や汚れなし |
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